いよいよ、今日は鹿児島に帰る日。長く苦しい道のりはこの日で終わるのである。思えば、いろいろなことがあった。決して苦しいことばかりでなく楽しかった思い出もよみがえる。と感慨深くなるはずなのであるが、事実はちょっと違う。
まだ、前日の怒りが収まっていないのである。せっかく温泉までわざわざ来たのにぜんぜんそれを満喫する事が出来なかったからである。これなら、都城で泊まっておけばよかった。いや、野宿してもいいから「ミッション・インポッシブル」を見ておけば良かった。とっとと宿を出ようとしたのだが、受け付けにおじさんがいない。もう、このまま出ちまうかと考えたが、私も宇田川も悪い事の出来ない男なので、その決心はつかなかった。しかし、売店のおばさんがこちらが支払いが出来ず困っているのを見ているはずなのに、見て見ぬふりをしている事に対し二人とも完全にぶちきれてしまった。もう、無銭宿泊するぎりぎりまで、さらにピノを万引きするぎりぎりまで行ったのだが、結局最後には宿代をしっかり支払い、安久温泉を脱出したのだが、やっぱりあのときおばさんに声をかけずに出てくれば良かった。
宇田川は金を払う段階になってもまだ文句を言っていた。 都城に戻って、そこのファミレスで朝御飯を食べたのであるが、食事を終え外に出るとなんと私の自転車につけていたはずの時計が盗まれていた。この旅の中で、はじめのうちは自転車を降りる度に速度計と時計をはずしていたのであるが、そのうち面倒くさくなって、自転車につけたままにしておいた。それでも、ここまで盗まれることもなく来たの であるから最終日になって盗まれるのは非常に悔しかった。思えば、都城にはガラの悪そうな若者がやけに多く、その内の一人にまんまと盗まれてしまったのだろう。今頃、その時計をして地べたに座って悠々とテトリスをやっている奴が都城にいるはずである。南国の都宮崎に対し、我々はもう悪い印象しか残っていない。二人とももう二度と宮崎には行かないと心に誓った。
そのせいもあって、鹿児島県に入ったときは、鹿児島に戻ってきたうれしさと、宮崎を脱出できる安堵感で、非常に感慨深かった。この時、県境のコンビニで買った「ピノ」の味と、県境の宮崎県を示す標識の前で怒りのポーズで写真を撮ったことは一生忘れないだろう。 国分に向かう途中、長く急な下り坂が8kmほど続いた。私はここぞとばかり、おもいっきり、ペダルをこぎなんと京都旅行の時の最高時速を10km越える、時速65kmをたたき出した。これは、危ないと言ったら危ないのであるが、その時速を出した時点では、妙な達成感と満足感があった。それより、もし我々が逆まわりで九州一周をしようということになっていたら、当然の事ながらこの長く急な坂を登らなくてはならなかったと考えるとぞっとした。もしかしたら、この旅行自体1日目で挫折していたかもしれないだろう。 もともと、熊本まわりで行こうと決めた最大の理由はシーガイアで旅の終わりに思いっきり遊ぼう、という事になったからである。それが、実際はシーガイアにいくことはなかったとは、なんとも皮肉なことである。ここは結果オーライという事にしておこう。
国分のそば屋で自転車旅行最後の食事(ざるそば)をとり、いよいよ鹿児島市に向かって、ウイニングランを始めた。天気は曇り。とうとう鹿児島湾も面前にはいる地域に入った。宇田川が国分から鹿児島市まで二つの関門が有ると言っていたが、その内の一つである峠はこれまでの経験が功を奏したのか、らくらくクリアしてしまった。第二の関門という路肩がなく、完全に車と一緒に走らなければ行けないと言う鹿児島湾沿いの国道にはいる前、それまで事故もけがもなかった私にアクシデントがおそった。自転車で疾走している途中に、ペダルと路中にあった鉄杭とで足を挟んでしまったのである。この時、私はゴールに近づいた安心感からかある歌を熱唱していて前も見えない状態であった。それでも、うまく足の甲の部分に平行にぶつけたためか、強い衝撃と、靴がとばされたのにもかかわらず足に異常はなかった。こんなところでけがをしたら本当に情けない男になるところであった。さて、第二の関門であるが、ちょうど国道が渋滞していたため、車の間に入っても問題はなく、この関門もクリアできると思った瞬間とうとう見慣れた風景が目に入ってきた。
宇田川邸に滞在中に遊びに行った、小さいビーチが見える。もう、ゴールしたも同然だと思っていたところ、急に大雨が降ってきた。仕方なく、ビーチの脇にあるジャンボ餅のお店に入ってしばらく休んでいた。ここで、頼んだ餅が量が多く、二人前も頼む必要はなかったなと後悔した。また、この店に入るときに隣の同じくジャンボ餅の店の駐車場に自転車を止めたわけだが、雨がやんで帰ろうとしたとき、その店のおばさんが、自転車を止めたくせにどうして隣の店に入ったんだと、妬みたっぷりに言って来た。だって、あんたのお店、持ち帰りしかできないじゃん。雨宿りがしたかったんだよ。前回、このビーチに来たときも帰りに雨が降ったのだが、この旅行を通してわかったのは、私は雨男であるという事である。運良くこの餅やで休んだ後は雨にはたたれなかった。
あとは、宇田川のマンションに行くまでである。しかし、それではこの旅行のゴールとしては色気がない。そこで、西郷さんの銅像前を正式なゴールにすることにした。宇田川のマンションを横目に、西郷さんを目指す。そして、8月15日に鹿児島を発ってから、 実に12日目にして、西郷さんの銅像を拝むことが出来たのである。軍服姿の西郷さんはちょっと頭がでかいかな。しかし、旅行はこれで終わりではなかった。実は、この旅行は九州一周自転車レースだったのである。もちろん、一周なのだからスタート地点に戻るのが当然である。私は、真のゴールである宇田川のマンションの実に5m前で宇田川をかわし、見事、一位でゴールすることが出来たのである。勝利の余韻を噛みしめながら、宇田川の部屋に入るととうとうこの旅行が終わったのだと実感する二人であった。 この後、宇田川のおかあさんと妹が宇田川の生活の偵察にやってきていたので、私は夜ご飯をごちそうになった。さらに、繁華街でシロクマなる巨大なかき氷を食べたのだが、あの氷はでかすぎる。それしか言いようがない。 翌日、そうそう私は鹿児島空港よりスカイメイトを使って帰京の途についたのであった。