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10日目 延岡→宮崎(8月24日)

 今日は高千穂峡の見物に行くため、早起きするつもりであったが、いつもと変わらない時間に起きてしまった。この旅では、私の腕時計のアラームを多用したがその通りおきた記憶はない。京都旅行の時はちゃんとおきたのに。

 ユースを出て、すぐに高千穂峡を観光することにした。昨日行った神社から、山道を通って、自然を楽しもうとしたが、この山道は遊歩道とは思えない程、暗く汚く、観光客は本当にここを通っているのか疑問になるほどであった。20分ほど歩いて、渓谷が見えてきた。ここから、湖まで渓谷が続くのだがここの道はさきほどとは大違いで、すばらしいのひとこと。 橋も情緒があるし、壮大な渓谷が眼下に広がる。途中でユースにいたツーリングのにいちゃんと偶然会った。自然を満喫した後、ボートに乗って渓谷を散策した。宇田川の運転は恐かったが、からかったりしておもしろかった。しかし狭い渓谷の中に、多くのボートが入ってくるためお互いぶつかりまくるのだ。 なかなかスリル満点である。この河は相当深そうだし。

高千穂を十分堪能して帰路についた。タイミング良く、運行数の少ないバスに乗ることができた。
これで高千穂峡を後にし駅に向かう。残念ながら、駅まで行かず、途中のバスターミナルでおろされてしまった。5分ほど歩いて高千穂駅に着いた。ちょうど後10分くらいで、延岡行きの急行が出発である。こちらもナイスタイミングであった。

 ところが、宇田川が財布がないと青い顔をして言った。「なにー!」と思ったが、彼はバスの中に忘れたと行ったので10分で取って帰ってこいと怒鳴ってダッシュさせた。今思うとひどい男だ、私は。たかが電車に乗り遅れそうになるだけで。ようやく彼が帰ってきた時には後の祭りであった。電車は無情にも出発。財布を引き取ろうとしたが、やはりものがものだけに手続きが面倒くさかったらしく時間を食われたようだ。 次の電車まで2時間ほどある。仕方がないので、駅の横の喫茶店でカレーを食った。カレーの値段は高かったが運良く漫画が何冊かおいて有ったので、それで時間をつぶした。ようやく、出発することが出来た。まだ自転車にも乗っていないのに、電車内では疲れて眠ってしまった。延岡につく手前で、宇田川が自転車の鍵をなくしたと騒ぎはじめた。しかし、駐輪場に止めて有った自転車の鍵穴にはしっかりと鍵がささっていた。自転車盗まれたらどうするんだよ。

 お昼を過ぎてようやく今日の出発地点である延岡に戻ってきたのである。 延岡から宮崎まで100km近くあり、時間もない。とにかく急ぐことにした。太平洋沿いを行けばよいので、道自体は難しくない。急いでいけば、シーガイアにもいけるかもしれない。まだ、少しの希望を持っていた。しかし、しばらく進んだところで雨が降りだし、足止めを食らってしまった。雨は猛烈な勢いで降り続く。なんとかおみやげやさんまでたどり着き、しばらく雨宿りをして、再び出発した。途中、歩道で横になって歩いている警官3人が邪魔だったので、ベルをならそうとしたがさすがにそれは出来なかった。 バスが事故っていた。側面に穴があいているのである。バスガイドが外に出て心配そうに様子をうかがっている。それで警官が何人もいたのか。あんな雨が降ったら事故も起きるな。  気をつけなければ。  ところが、運が悪いのか、本人が悪いのか宇田川がダイブした。雨で濡れた道路の鉄板部分で滑ったのだ。その時、私は50mほど後ろにいたのだが、彼がふらふらっとした瞬間、ケツが頭より高い位置まであがったのを見た。次の瞬間彼は倒れていた。自転車のハンドルは歪み、チェーンもずれてしまった。彼の腕がこれまたすごい。皮膚がはがれて、普通なら血が出るところだがあまりに急なけがであったので、血もでる暇もなく白くなっている。そのうちにだんだん血がにじんできた。ばんそうこうをして、何時間かたった後にはばんそうこうが赤く染まっていた。でも、ばんそうこうも持っている宇田川は実に用意のいい奴である。

 これで、シーガイアは無理だと諦めた。それどころか宮崎まで行けるのであろうか。 段々、不安になってきた。宇田川も自転車も応急処置がすみ、先を急いだが、暗くなってから、再び、雨でとおせんぼを食らってしまった。ファミレスでしばらく休憩することにした。真っ暗になってしまった外の景色をガラス越しに眺めながら、早く雨がやむようにひたすら祈った。しかし、雨がやんだと思っても、車のヘッドライトなどの反射を利用して、じっくり見 るとまだ全然降っていたりする。もう、この辺で野宿するしかないとあきらめかけ、ケーキでも注文しようとしたとき、雨がやんでいることに気付いた。本当はケーキも食べたかったのであるが、せっかく雨もあがってきたので、出発することにした。もうあたりは真っ暗だ。ここでもライトを持ってこなかった事を後悔した。しかし、夜の道の走り方はマスターしている。まず、後ろから車が来ないとわかっているときは、車道のど真ん中をスピードを上げられるだけあがる。もし、後ろからライトが近づいたら道の脇によって減速する。これになれれば、夜の道もライトなしで、結構速く進むことが出来る。

 宮崎では婦人会館に泊まることにした。道を電話で聞いたのであるが、なかなか頭に残らず道を間違えてしまった。もう一度電話をしたら、おねえさんに笑われてしまった。ユースに着くと、韓国人と香港人がいた。"Can you speak English?" といわれて思わず" a little "と言ってしまったが全く会話にならなかった。  風呂は一人ではいるのがやっとだったので、先には行ったのであるが、宇田川がなかなか風呂から返ってこない。部屋は韓国人達とどう部屋であったので、ずっと明かりをつけておくわけにもいかず仕方がないので消灯した。宇田川によると電話代が安くなる11時まで外でぶらぶらしていたそうだ。まったく心配をよくかけさせる男だ。それにしても、部屋に戻ってきたとき真っ暗だったのは寂しかっただろう。実は私はこの時、うとうとしている状態で眠ってはいなかったのだが、暗闇で宇田川が身支度をしているのはなんだか寂しかった。 とにかく、もう旅は終わりに近い。

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