
1日目 鹿児島市→阿久根(8月15日)
いよいよ出発の日が来た。とはいってもすでに述べたとおり、今回の旅はかなり無計画である。前日までの騒ぎのせいか、どうもこれから長旅に出るという緊張感を感じない。それとも、2度目の自転車旅行ということもあって肝が座ったのか。今となっては当時の心理状況を説明するのは無理な話しであるが、九州を右回りで廻るのか、左回りで廻るのかも前日になって決めた始末である。(しかし、この選択肢が最後に大きな影響を与えることになる。) さらに本当に一周するのか、門司までいって終りにするのかもはっきりしていなかったのである。
今回は、前回とはパートナーが違う。しっかり者の宇田川だ。(少なくとも出発する前はそう思っていた。) で、実感の湧かないままスタートした訳だが、1日目にしかも出発してから30分ほどしか立たないうちに、宇田川は使える男であること、この旅はやはり辛いものになるであろうことを痛烈に感じさせられる大事件が私を襲った。 スタートから約5km地点でのパンクである。この数分前、落ちていた角材をに思いっきり乗り上げてしまい強い衝撃を感じたのだが、やはりパンクしてしまっていた。そう、前日の猛台風(最大風速58m)で鹿児島市内はめちゃくちゃになっていたのだ。たかがパンクと思うかも知れないが、修理道具も知識もない。なぜか宇田川はパンクに関する知識を持っていたのだが、修理道具がなければなんにもならない。しかも、出発当日8月15日はまさにお盆。自転車屋など開いているはずがない。私は非常に暗い気持ちになり、半ば放心状態のまま、自転車を押していた。押しているうちに、後ろのタイヤの空気まで抜けてきやがった。さらに「開いてる店は花屋さんくらいだ。」という、宇田川のきつい一言が私の絶望感をいっそう強いものにしてしまった。もうやめよう。その一言が喉まで来ていたが、一人旅ではない。宇田川の手前それだけは死んでも言えなかった。とりあえず、少しずつでいいから前進するしかない。ところが段々辺りが寂しくなってきて、それこそ自転車店を探すのは不可能になるような雰囲気になってきた。やはり市内にひきかえそうか。それでも今日はお盆、どうせやっている店などそうないだろう。それにマイナス方向に進むのは大変気が引ける。そのうち一見の花屋が開いているのが目にはいった。やっぱり花屋しか開いてないのか。ここまできたら、あまり感情的になってもしかたない。とにかく前をみて歩かなければ。そのとき宇田川の「あった!!」という歓喜にも似た叫び声が聞こえた。なんとその花屋というものが、自転車屋を兼ねているのである。これは一生に10ある奇跡の一つといっても過言ではなかった。 しかし、すでに疲れきっていた私は特に嬉しいという感情表現もできず店のおじさんに修理を頼む。やはり、前後両方のタイヤが同時にパンクしていたことが判明。修理は30分ほどで完了した。気分もリフレッシュして、元気良く再スタート。
しかし、鹿児島市を抜けたところでいきなり峠にさしかかってしまった。途中に薬局を発見してコールドスプレーを買うため、そこに立ち寄る。ここのおじさんは湿布をいくつかサービスしてくれた。この時、私はそれどころではなかった。貧血でぶっ倒れそうだったのだ。非常に恥ずかしかったが、宇田川に素直に休ませてといい薬局の前でしばらく座り込んでいた。貧血でブッ倒れるとは。我ながら情けない。しばらく休み、体調も回復したので、今日二度目の再スタート。二人は宇田川のおじいさんの家がある串木野へと向かった。 昼頃には難なく串木野に到着。なんと彼のおじいさんの家は銭湯であった。早速、大量にわきでる汗を流しに風呂に入った。丁度、今日は休みらしく銭湯は二人の貸しきりとなった。なかなか気持ちがよかった。風呂を上がって、脱衣場にいくとそこに大きな九州の地図が張っあった。串木野の位置をみると鹿児島からほんの少ししか離れていない。この時、九州はこんなにでかいのかと感心すると共に、本当に一周できるのかという不安も感じた。おじいさんの家で鉄板焼きを「大量に」ご馳走になり、しばらく休んで再び出発することにした。この家にはやんちゃな子どもが三人おり、もう少し一緒に遊びたかったのであるが、今日の目標地点までまだまだ距離があるので、渋々銭湯を後にした。この時、家族みんなで外まで出て見送ってくれたのでたいへん感動的であった。
この日は本当は水俣まで行きたかったのであるが、時間の都合上、水俣より30kmほど手前の阿久根あたりで何とかしようということになった。阿久根につくと遠くに国民宿舎が見えたので、ここに泊まろうということになった。宇田川が電話して予約しようといったが、面倒くさいから直接行こうと提案するが、後に後悔することになる。先に定食屋で夕飯を食べ、その国民宿舎に向かったのであるが、それがまた、斜面のきつい丘のうえにあり自転車で行くのは不可能なほどだ。私は途中で自転車を押していくことにした。もうめちゃくちゃな坂なのである。変人宇田川もぎりぎりまで頑張っていたが、どうやら最後には自転車を押したようである。かなり、きれいな国民宿舎でいったいいくらとられるのかと心配したが、すでに予約客でいっぱいらしくいらぬ心配であった。しかし、死ぬ思いでこんな小山の上までこさせられた私たちは一体なんだったのか。やはり電話しておけばよかった。とにかく来た坂を下るしかない。私はこの坂でどのくらいスピードがでるのだろうかとスピードメーターを見ると、あるべき所にそれがないではないか。さてはあの定食屋に忘れたのか。定食屋の従業員に事情を話して調べさせてもらうことにした。私たちの座っていたところにはすでに別の客が座っていたのだが、そこを強引に調べるが見つからない。店の軒先も探し回り、店の人に大きな迷惑をかけてしまった。結局、私の背中とリュックの間からそれは落ちてきたのであった。お店の人ごめんなさい。京都旅行の時も一度紛失しているのに進歩がない。さて、宿探しは振出に戻ったわけであるが、新しい宿を探す のはそれほど苦ではなかった。銭湯にならんで立っている宿が、4000円ほどで素泊まりすることができたのでそこに泊まることにした。ここの銭湯には宿泊者は無料で入ることができた。そこには湯の中を電流が流れる電気風呂なるものがあり、試しに入ってみようとしたが、手を入れただけで心臓まで震える。これはヤバイと思い結局浸かるのは断念した。今思うと、あんな風呂身体に良いとは思えない。こうして、激動の一日は終った。自分の体力のなさをただただ嘆くのであった。まだ、あと900kmはあるよ。