第2章 事前会議

第1回ミーティング:計画立案 (7月25日)  

 7月25日、いよいよ初めてのミーティングが開始された。場所はオイラの家。お題はさっそく京都までの仮ルートの決定。この日時点のルートは以下の通りである。

1日目:都庁→平塚→小田原
2日目:小田原→御殿場→沼津
3日目:沼津→清水→静岡
4日目:静岡→焼津→磐田→浜名湖
5日目:浜名湖→豊橋→豊田
6日目:豊田→名古屋
7日目:名古屋→関ヶ原→米原
8日目:米原→琵琶湖→彦根→大津→京都駅
9日目〜11日目:京都市内観光
11日目:京都を出発(寝台列車)
11日目or12日目:東京着  

 これが本番でどのように変わっていったかは後のお楽しみである。しかし、この話し合いの中でイケモンは帰りも自転車がいいとほざき始めた。全く何をお考えなのか。そんなの無理だよ。たとえ体力的に可能でもそれじゃ京都観光中も帰りのことを考えてしまい楽しめないではないか。それなのに彼は、片道だけじゃかっこわるいという。妙にカッコつける男。それがイケモン。しかし、このときはあえて帰路についてつっこんだ話し合いはしなかった。しかし、俺は絶対に自転車で帰らんぞ。さらに以前から、「どうせ行くならままチャリで行こう。」と話し合っていたが俺はひそかに新自転車購入計画を立てて いた。さらに持ち物については以下のよなものを考えた。
 
 
 

・自転車着替え    ・時計     ・帽子      ・地図    ・ちり紙       ・カメラ    ・サングラス   ・ジッポ (当日不携帯) ・ハンカチ      ・フィルム   ・靴       ・工具  ・タオル       ・メモ帳    ・リュック    ・油   (当日不携帯) ・ウェットティッシュ ・お金     ・懐中電灯    ・空気入れ(当日不携帯) ・洗面用具(歯ブラシ、洗顔フォーム) ・方位磁針    ・京都の本 ・薬(タイガーバーム、アロエ、バンソーコー、コールドスプレー)  

 さらに、この日は買い物にも出かけた。購入品は地図、京都の観光ガイド、 オイラ のリュック、およびオイラ の帽子である。 そして、長い1日は終わった。

第2回ミーティング  

 いま、この文章を書いている本人でさえ、何をしたのか良くわからないほど、印象の薄いミーティングである。覚えているのは、鎌倉までのルートを横浜経由でいくことを決めたぐらいか。場所はマクドナルドだったような?こんなのをミーティングとして数えてもいいのだろうか。
 

第3回ミーティング:鎌倉への試走 (8月2日)

 とうとうこの日がやってきたという、喜びと不安の交錯する8月2日の朝だった。天気は良かった。雨の降る気配はないが、決して暑過ぎるということもなかった。いよいよここからすべてが始まるというある種の覚悟、「もう行くしかない。」という強い決心が妙に新鮮だった。こんなに胸が高まるのはいつ以来だろう。以外にもその日はすぐに眠ることができた。  
 当日、睡眠も十分、朝飯もいつもより多めにとるなど、コンディションは最高だった。この日は京都出発の当日と同じ準備で行こうと、日帰りには大き過ぎるリュックとハーフパンツにサッカーのユニフォームという、以前から考えていたいでたちで、新品の自転車をまたいだ。「すべてはここからはじまる。」  待ち合わせは新宿駅の小田急口である。ここまでなら、迷わないでいける。軽快な自転車運びで少し早めに駅についた。待ち合わせの8時までまだ5分ほどある。イケモンはまだいない。もうすぐ8時だぞ。だんだん不安になってきた。それと同時に、新宿駅前で、サイクリング少年のような格好をして一人で立たずむのが妙にはずかしくなってきた。「イケモン、はやくきてくれ!」 イケモンは8時を5分ほど過ぎて現れた。その姿を見ておれはあぜんとしてしまった。 「ま、ままちゃり!?」 まぁこれはいいとしよう。覚悟してたことだ。
 
 しかし、「な、長ズボン!?」 この暑い中を、俺の自転車だったら絶対に乗れない長ズボンで。(チェーンにからまるからね) 彼は予備校生と同化していた。しかし、ここでもめたらすべてパーだ。俺は必要以上な文句はいわなかった。いくっかないな。  8時10分、二人はさっそうと新宿駅を後にした。とりあえず渋谷にむかった。そこから、高速3号渋谷線の下を通り、環状6号(山手通り)に入る予定だ。(ちなみにこのような細かい進路予定はすべて走りながら決めている。)しかし、道玄坂のところでいきなり道を間違えてしまった。そのため渋谷脱出に40分もかかってしまった。こんなんで、本当に京都まで行けんのか?なんとか渋谷をぬけた二人は大崎広小路手前で国道1号線にのった。その後、ようやく多摩川を越え神奈川県に入った。このまま1号をつっ走ればよかったのだが、イケモン車がとうとうパンク。時に10時50分。やはりままチャリはきついのだ。これで、彼も相当のショックを受けたはずである。自転車屋を求め、二人は菊名まできてしまった。パンク修理の30分のロスの後、横浜目指して再び出発した。

 この30分の償いとして、彼は俺に150円の夏得(なっとく)シェークをおごってくれた。 しかし菊名がどのようなところか理解していなかった二人は、横浜に行くまでに、またしても道を間違えてしまうのである。変な先入観があったイケモンは横浜行きのバスが走っているのに、それと逆に進もうとした。しばらく進んだ後ようやく彼は己の間違いに気づいたらしく、素直に逆行するのであった。しかし、この時我々は菊名からどのようにして、道を間違えたのかは深いなぞに包まれている。(その後、判明。商店街に入ってしまったのが間違いであった。)やっとの思いで横浜についたが、そこから再び複雑な道に迷わされてしまう。あの時は線路を渡ったか、どうかでパニックに陥ってしまった。ちなみに横浜の先にある桜木町の落書ではじめての写真をとった。 そして、すったもんだのうちにようやく鎌倉とかいた 行き先表示版に出会う。もう、これにしたがって進むしかない。しかし、イケモン車のパンクが恐かったし、スピードが出ないために車道を走れなかった。これも、かなりの時間のロスである。鎌倉に近付くにつれて坂が多くなってきた。「いよいよ、自転車の旅の醍醐味の坂だ!」とはこのときはすこしもおもわなかった。ギヤを軽くすればいいのに、当時軽くしたギアだとたくさんこいでるのに全然すすまないことに腹を立て、普段と同じギアで坂を登っていた。これは、相当な疲労だ。しかし、自転車を押すことなく、なんとか鎌倉へはいった。気持ちよいくだり坂もあったが、やはり、帰路を心配してしまう。これが、往復の悲しいところである。とりあえず、鶴岡八幡宮には到着できた。しかし、この時もはやかなりの疲労を隠すことはできなかったのである。二人とも八幡宮のあの階段を登る気にはなれなかった。それでも、ここまできたら、目的地である大仏まですぐだう、と考えていたが、それもまたあまかった。ここからが地獄なのだ。その後二人は口を揃えてこういったという。 「小学校でいった時はもっと近かった。」 八幡宮からさらに10km近く走ったのではないだろうか?その間にわたしは自転車を車庫から出ようとする車にぶつけてしまった。車にはしっかり傷がついていた。しかし、その直前車庫入れを手伝っていたおっさんが俺に通っていいよといった手前、俺に文句はいえなかった。どう見ても大丈夫ではないのに、「大丈夫ですか?」という捨てゼリフをはいて、逃げるようにその場を去った。そうこうしているうちに、ようやく大仏の元にたどりついた。

 第一印象はあんなに境内って小さかったけ?というほど、ちゃっちかった。 そのため、はじめ入口を通り過ぎてしまったのである。とにかくついた。もう死にそうだ。いや、まじで。帰りを考えると、大仏も目にはいらなかった。 大仏、つまり大徳院では、およそ1時間ほど休んだ。想像を越えた疲れだった。本気で どこかに泊まろうかとも考えたが、ここで妥協したら京都なんて行けるわけがないと重い腰をあげて、再び自転車を跨ぐのであった。  帰路は行きよりも比較的楽であったと言ってもよい。登り坂はきつかったが、気合いで乗り越えたし、道も行きと同じ道を戻ればいいだけだ。しかし、ここでもやはり間違えてしまうものである。見なれないところに来たなと思った瞬間、あの大船の巨大観音が目に飛び込んできた。学校の帰りに電車から見たことはあるが、あそこまででかいとは!しばし、呆気にとられたが、周囲が暗くなるにつれて、次第に焦りが出てきた。はやく、ここを抜けでなければ!しかし、観音さまの導きか、なんとか大船を脱出。以後、道に迷うことはなかった。  ただ、横浜の先で予想外の雨にやられた。大した量ではなかったが、東京では 大雨だったらしい。いやー、あぶなかった。その後は、順調に走行し、車道も走ったため行きよりもかなり時間を短縮することができた。ただ、ちょうしにのって、多摩川の橋で、歩道に戻れず、すこしこわかった。(京都ではこんなのたいしたことないけどね。) また、この辺でマラソン男に事ある毎に抜かれたのは悔しかった。そして、目黒のブリジストン前で最後の休憩をとり、富ヶ谷でふたりはわかれるのであった。その時、おれは、イケモンに今日の反省をしとくように言った。家についたのは11時を少し回っているころだった。6時から8時に帰ってくるといってあったてまえ少し恥ずかしかった。

第4回ミーティング:鎌倉の反省 (8月7日)

 この日はスーパーアドバイザーの宇田川をむかえてのミーティングだ。まず、彼らとあうまえに俺が独自にまとめた鎌倉のデータは以下の通りである。 ・行き 所要時間 7時間50分 実質走行時間 5時間33分 走行距離 68.94km ・帰り 所要時間 6時間30分 実質走行時間 4時間27分 走行距離 59.25km 以上より、地図をうまく読みとれるかどうかで、行きと帰りで大きな差が出ていることがわかる。さらにこれは体力的、精神的にも影響を与えるのである。やはり、ルートはある程度しっかり決めた方がよい。実質走行時間は1日6時間程度がベストであろう。この場合、所要時間はおよそ8・5時間となり、これくらいが1週間走り続けるには1日の限界 の走行時間である。このペースで走れば80km〜100kmの走行が可能である。野宿はほぼ不可能。ままチャリでの走行も不可能である。さらにイケモンの楽観主義 がかなり心配である。 このように人がせっかく考察してきたのにイケモンは地図を忘れやがった。なんてやつだ!そして、このミーティングはいつのまにかバンドの選曲になっていたのである。 ほんとにだいじょぶか?!!!イケモン?いよいよ本番だぞ!

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